ドブに落ちて死ね

我が郷里である岡山にて、ついに人食い用水路への対処としてフェンスの設置が始まったらしい。
togetter.com

岡山県内に張り巡らされた用水路は何でも直線距離にして4000kmほどあるとか。YahooNewsによると2013年から2015年の間に1150件近い転落事故が起き、うち80件近くで人命が失われたらしい。

実際私の周りにも用水路に落ちたことのある人間は沢山いたし、私自身用水路に落ちた経験がある。記録されている転落事故の件数は氷山の一角でしか無いだろう。知り合いの知り合いレベルで人が落ちて死んだという話もたまに聞いた。死にはしなかったものの祖父の姉の夫が用水路に落ちていて数時間後救出されたこともあった。

更に言うと岡山の用水路は人だけでなくその他の動物も殺す。犬やイノシシが用水路の中で身動きが取れなくなりくたばっていたという話は珍しいものではなかった。岡山の用水路は生きとし生けるすべてに向けて開かれたリーサルディッチなのだ。

そんな危険物が今日の今日までそのままに放置されていたのは県民や県を訪れる人間にとって恐怖でしかない*1*2し、それが改善される*3ことは人々に安堵と平穏をもたらすのだろう。今後用水路の中で悲惨にも最期の時を迎える人が少なくなることを考えると嬉し涙が止まらない。

しかし、しかし、しかしながら……消えゆく危険な用水路とそれがもたらす残念な死を思うと私は心の何処かに淋しさを覚えずにはいられない。それは多分、以下に引用する事柄が関係しているのだろう。

運がいい人間、強い人間には長寿社会はとても莫大な恩恵をもたらす一方で、強く慣れない人にはまだ突然死の要素があった時代のほうがある意味では優しさがあったのではないかとすら思わされてしまう。

感染症などのSudden death(サドンデス)はある意味では平等だった。
弱者は弱者で、良くも悪くもゲームから降りられた。
強者も等しく執行対象となるから、ゲームバランスの調整が起きて、強くない人間にもワンチャンあるんじゃないかと思わせてくれる何かがあった

https://blog.tinect.jp/?p=60768

サドンデスが無い、ということはメメントモリが無い、ということでもあり。年収の問題だけでなく世界観の次元でも結構これはつらいんじゃないかと思う。かといって、「自主退場」なんてこともできないし

https://b.hatena.ne.jp/entry/4670917694982343490/comment/p_shirokuma

ドブに落ちて死ぬほどの不条理があるだろうか*4? 愛する家族や恋人、友人、ペットなんかがドブに落ちて死ぬことを考えると心が馬のクソで満たされたような気持ちになる。頼むからみんな、ドブに落ちて死ぬのだけはやめてくれ。そんな理不尽は許さない。

その反面、人はドブに落ちて死ぬくらいの世の中が身の丈にあっているとも思う。日常の中にぽっかりと口を開けた死が同居していることはむしろ、我々の生を活きたものにしてくれる。

不条理の極北たる死から目を逸らさずに直視する機会があってこそ、セイなるものが輝きを保てる

https://gx4.hatenablog.com/entry/20190709/1562616125

先日の記事では弔いの在り方に言及する中で同じことを主張したが、弔うための死が不条理であれば死を思う気持ちもより一層強まるだろう。id:p_shirokumaが言うように突然死の機会はそのままメメントモリの機会でもある。その機会が失われた世界で生きていくのはしんどい。引用したブコメid:p_shirokumaは「世界観の次元でも」と書いているけれど、私にとってはむしろそっちが本題である。実際の所、言及先の記事で扱われている主題の都合上このように書いただけであって、氏もやはりメメントモリの剥奪された世界観をこそ主に憂うタイプの人ではないかと思う。私の中では彼はそういう人間である。違ってたらすみません。

言いたいことは言った*5ので最後にひとことだけ。「勝手にてめーでドブに落ちて死んでろ」みたいなことを言われると傷つくのでやめてください。

*1:実際の所、岡山県の行政と岡山県民にとってむき出しの用水路は当然の風景であって、なんら恐怖を与えることはない

*2:致死性の用水路が今日まで放置されてきた背景には理由がある。豪雨の際に排水路としての役割を果たす用水路はその役割のために小まめなメンテナンスを要するものの、行政が全体を維持管理することは予算と人員の都合上難しい。用水路が多すぎるから

*3:実際の所、フェンス設置などの対策が取られる用水路は全体のうちごく一部に過ぎないだろう。用水路の数が多すぎるから

*4:策を講ずることで防止できるのだからむしろ不条理ではないのではないか? というツッコミも想定されるが気力の問題でここでは言及しない。そっとしておいてほしい

*5:ドブに落ちて死んだハンス・ギーベンラートのナンセンスな死にっぷりにも言及したかったけど力尽きた